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「なあに、後から来るのんはほんの擦かすり傷みたいなもんやから、大事ありません。――時にせんせい、何んぼ差上げたらえゝでせう?」
黒光りのする戸棚の蔭からびつくりしたやうな義母の円つこい眼がのぞくと、
「それあ、あつさりしていゝですな。こつちでは山車が生憎あいにくこはれて、満足なのは一つしかないんでね。あんまり淋しいからと云ふんで、こんな思ひつきをやらかしたらしいですがね」
と、誰かが大声で叫んだ。
練吉は今更のやうに、あらためて房一の様子を、その新調の自転車や医者らしい鞄などに目をやつた。すると、それらは今新しく練吉の前に彼の持物と同じものを感じさせ、更に、今まで耳にしていたものの、つひぞ気にもとめずにいた医師高間房一といふ人物がそこに忽然と姿を現しているのをいやでも見なければならぬと感じさせた。それは何故かどこかで練吉の自負心を傷つけ気を苛立たせるものだつた。
二人はなほ専門的なことを二三話し合つた。それから、どちらからともなく自転車に乗つた。ペタルに足をかけるときに、突然、練吉は心に浮かんだことを押へかねて、叫んだ。
徳次は房一が顔を洗ふ間傍に立つて眺めていた。それからふいに訊いた。
と、云ひかけたまゝ、相沢の黒味の多い眼はぢつと房一の顔をのぞきこみ、云ひかけたものがその中で煙つているやうな表情をした。
今の家へは、温泉がぬるいというのを承知の上で越してきた。
盛子は笑ひながら顔を紅らめた。
「何でもないぢやないかね、君から聞いたとほりだ。心配することはないと思ふな」
「徳さんが新しいのを掛けてくれるまで待つていた方がいいかもしれませんね、これは」
房一には連れが二人あつた。
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